大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成元年(オ)1039号 判決

上告人 沢田義之

右訴訟代理人弁護士 布留川輝夫

被上告人 沢田キワ

右訴訟代理人弁護士 水石捷也 秋元善行

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人布留川輝夫の上告理由について

一  原審が確定した事実関係は、次のとおりである。

(1)  上告人と被上告人とは、昭和三三年五月七日婚姻し、昭和三六年六月二日に長男を、昭和三九年四月三日に二男をそれぞれもうけた(原審の口頭弁論が終結した平成元年一月一八日において、上告人は五二歳、被上告人は五五歳、長男は二九歳、二男は二四歳である。)。

(2)  上告人は、婚姻後の約三年間は被上告人の父方におけるロープとシートの製造販売等の仕事を手伝っていたが、その後、被上告人と共に独立して同種の商売を始めた。しかし、商売のやり方について、上告人と被上告人との意見が異なることが多く、口論が絶えず、上告人は被上告人が商売から手を引いて専業主婦となることを望み、被上告人は昭和四四年ころから商売への関与を止めた。上告人は、昭和四七年ころ、世田谷区代沢一丁目八八番地六所在の建物の建替えを計画していたところ、被上告人から反対されたため、これを断念した。上告人は、昭和五六年夏ころ、被上告人に対して「一人になって暫く考えたい、疲れた。」と言って、被上告人と同居していた家を出て別居し、当初の二、三か月間は週に二日位は被上告人方に帰って来ていたが、その後はこれも止め、現在に至っている。

(3)  上告人は、右別居の前から訴外人と情交関係があり、右別居後に同人と同棲するようになり、間もなく同人とは別れたものの、被上告人及び子らに自己の住所を明かさず、被上告人との連絡も上告人の仕事上の事務所にさせている。

(4)  上告人は、被上告人に対する生活費として、昭和六一年二月ころまでは月額六〇万円を、その後は三五万円を交付してきたが、被上告人が上告人名義の不動産の持分二分の一に対して処分禁止の仮処分の執行をしたことに立腹して、昭和六二年一月から右金員の交付を中止した。しかし、その後、婚姻費用分担の調停が成立し、上告人は昭和六三年五月からは被上告人に対して月額二〇万円を送金しており、被上告人は、ほかに内職により月額六万円の収入を得ている。

(5)  上告人は、従来、離婚に伴う財産関係の清算として、被上告人の居住している上告人名義の土地建物を処分し、抵当権の被担保債務を弁済した残金を被上告人と折半するという提案をしていたが、原審の和解においては、処分代金から税金、手数料等の経費を控除した残金を折半し、抵当権の被担保債務は上告人の取得分の中から弁済するとの譲歩案を示している。

(6)  長男は、法政大学大学院を修了して、現在、国費留学生としてフランスに留学中であり、二男は、千葉大学工学部に在学中であり、その学費等は、本人のアルバイトのほか被上告人の収入から賄われており、両名との離婚については、被上告人の意思に任せる意向である。

二  原審は、右事実関係に基づき、次の理由により上告人の離婚請求を棄却した。

(1)  上告人と被上告人との婚姻関係は既に破綻し、回復の見込みはないが、その原因は、上告人が守操義務及び同居義務に違反して、訴外人と情交関係をもち、被上告人と別居して同訴外人と同棲するようになり、間もなく同人とは別れたものの、その後も被上告人には住所さえ知らせず別居を継続していることにあるから、本件における婚姻関係の破綻についての責任は、専ら上告人の側にある。

(2)  上告人と被上告人との間の子らは、いずれももはや未成熟子ということはできない。また、上告人から被上告人に対しては、財産関係の清算について具体的で相応の誠意があると認められる提案がされており、離婚が認容されこの提案が実行された場合には、現在の生活と比べて、被上告人が社会的・経済的により不利な状態に置かれるとは考えられない。

(3)  しかし、被上告人は、現在においても、上告人との婚姻関係の継続を希望しており、本件での約八年の別居は、当事者の年齢、同居期間と対比して考えた場合、いまだ有責配偶者としての上告人の責任と被上告人の婚姻関係継続の希望とを考慮の外に置くに足りる相当の長期間ということはできない。かえって、現段階において被上告人の意に反して上告人からの離婚請求を認めることは、自ら婚姻関係破綻の原因を作出した上告人がこれを理由として離婚の請求をすることを安易に承認する結果となって、相当でない。

三  しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

すなわち、有責配偶者からの民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求の許否を判断する場合には、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んだかどうかをも斟酌すべきものであるが、その趣旨は、別居後の時の経過とともに、当事者双方についての諸事情が変容し、これらのもつ社会的意味ないし社会的評価も変化することを免れないことから、右離婚請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮すべきであるとすることにある(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決・民集四一巻六号一四二三頁参照)。したがって、別居期間が相当の長期間に及んだかどうかを判断するに当たっては、別居期間と両当事者の年齢及び同居期間とを数量的に対比するのみでは足りず、右の点をも考慮に入れるべきものであると解するのが相当である。

ところで、前記事実関係によれば、上告人と被上告人との別居期間は約八年ではあるが、上告人は、別居後においても被上告人及び子らに対する生活費の負担をし、別居後間もなく不貞の相手方との関係を解消し、更に、離婚を請求するについては、被上告人に対して財産関係の清算についての具体的で相応の誠意があると認められる提案をしており、他方、被上告人は、上告人との婚姻関係の継続を希望しているとしながら、別居から五年余を経たころに上告人名義の不動産に処分禁止の仮処分を執行するに至っており、また、成年に達した子らも離婚については婚姻当事者たる被上告人の意思に任せる意向であるというのである。そうすると、本件においては、他に格別の事情の認められない限り、別居期間の経過に伴い、当事者双方についての諸事情が変容し、これらのもつ社会的意味ないし社会的評価も変化したことが窺われるのである(当審判例(最高裁昭和六二年(オ)第八三九号平成元年三月二八日第三小法廷判決・裁判集民事一五六号四一七頁)は事案を異にし、本件に適切でない。)。

以上によれば、右の点について十分な審理を尽くすことなく上告人の離婚請求を棄却した原判決は、民法一条二項、同法七七〇条一項五号の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわざるを得ず、右違法が原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

上告代理人布留川輝夫の上告理由

第一原判決の事実認定〈省略〉

第二上告理由第一点、家庭内別居につき審理不尽

一 原判決は、いわゆる相当長期の別居期間につき、明確に別居を開始した以降の経過期間のみを相当長期に亘るかどうかと判断するところである。

しかし同居期間においても、控訴人と被控訴人間の婚姻関係は前記第一の二の原判決の認定の如く、その実質はいわゆる家庭内別居の状態であり、かかる場合には「相当長期」の判断については、別居期間として算入されるべきである。

二 本件婚姻関係における家庭内別居は、被控訴人の離婚意志の発生した昭和四七年頃からのことであり、少なくとも別居開始三年前からは夫婦関係がなくなり、家庭内別居の状況にあったものというべきである。

三 しかしながら原判決は、別居に至る昭和五六年夏頃までを昭和三三年三月から二三年間同居期間と認定し、婚姻生活としての実態を備えていないとは認めがたいと認定するところであり、かかる認定は同居期間の実態につき、三年間の夫婦生活の断絶の有無についても充分な審理を尽くさなかったものというべきである。

四 けだし、原判決が別居開始前三年間だけのこととしても、いわゆる家庭内別居の状態を認定した場合には、その期間が三年間であったとしても原判決の結果に影響を与える結果となったというべきだからである。

第三上告理由第二点、相当長期の別居期間の判断の誤り

一 原判決は、控訴人の婚姻関係継続の希望の実態につき、控訴人自身被控訴人との婚姻関係が客観的に破綻し、回復することが全く不可能であることを知悉しながら、離婚条件として被控訴人所有の土地建物の債務を被控訴人が負担したまま、慰謝料若しくは財産分与としてその所有権を移転するのであれば、いわゆる協議上の離婚に応ずるが、そうでなければどのような提案もこれを拒絶し、客観的に婚姻関係が破綻したとしても婚姻を継続するという主として財産上の配慮による婚姻関係継続の意思ということを誤解しているというべきである。

二 原判決は、控訴人の婚姻関係継続の希望と被控訴人の有責配偶者としての責任との関係で、その免責の条件がいわゆる相当長期の別居期間の経過とみなされている。

三 本件婚姻関係において、すでに未成年の子はなく、原判決九丁表において、離婚に伴なう財産関係の清算につき、充分な提案がなされ、その総額は一億数千万円の対価であるにかかわらず、控訴人はこれを拒み、その離婚条件として、三億余円の時価評価のある被控訴人所有の土地建物と、同各不動産に設定登記ある九千万円に達する銀行よりの債務を被控訴人が負担することを求め、被控訴人に対し履行不可能な条件を提示したことにより、被控訴人の誠意ある提案を合理的理由なく拒絶し、且つ、同各不動産に対し、処分禁止の仮処分をなすに至っているものである。

四 そこで、右相当の長期間は、婚姻関係継続の実質的理由と有責配偶者の責任として離婚に伴なう財産関係の清算につき、誠意ある解決の提案をなしたかどうか、との相関関係において理解されるべきところというべきである。

五 よって、八年の別居に至る婚姻関係の実態、離婚に伴なう清算についての誠意ある提案、これに対し、別居前の多額の生活費を受け取るのみの事実上の家庭内別居状態の継続とこれによる別居の開始継続が、八年間におよんだ場合には有責配偶者としての責任はこれを許容するとしても、離婚の請求を安易に承認させる結果となることはなく、相当な期間は経過したものというべきであり、原判決は、かかる解釈を誤ったものというべきであり、判断の誤りは原判決の結果に影響を与えること明かである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例